以前の記事
カテゴリ
映像・フォト・小説
検索
ライフログ
ファン
タグ
記事ランキング
ブログジャンル
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
画像一覧
|
2004年 08月 29日
作 キムラタツヤ 写真 上田隆勇
ダハブが世界に誇るダイブサイト「ブルーホール」。ブルーホールはリーフ(座礁)にぽっかりと直径60mほどの穴を開けた底の見えないダイブサイトだ。穴の周りのリーフは色とりどりの珊瑚が群生し、魚たちの安住の地となっている。ブルーホールは隕石の落下によってできたという人もいる。今住んでいる魚たちは隕石衝突後住み着いた魚達の子孫なのだろう。 ブルーホールの底がどの位深いのか、だれにも分からない。100mというものもいれば、600mというものもいる。誰もそれを計れない。ここには何人かのダイバーが沈んでいる。ブルーホールにある石碑はいずれも、ここで帰らぬ人となったインストラクターやダイブマスターなど、熟練ゆえに危険を犯してしまったダイバーの墓石だ。清姫はブルーホールに潜るたび、今なお沈んでいるダイバーたちの存在を思い浮かべた。 マサシは深度30mを超えようとしていた。そこはダハブの灼熱の太陽でさえ力を弱め、赤から順に色が失われた、青が支配する静寂の世界だった。 ブルーホールに潜行する直前、マサシは穏やかな海面でBCDに空気を入れ浮力を保ちながら清姫に言った。 「静かなところに行こう」 清姫はマサシの言う意味がはっきりとは分からなかった。 マサシはマスクに曇り止めをするために唾をマスクに吐きつけた。そして右手の指でマスクの中を隅々までこすり、一度かるく海水で唾液をそそいだ。 「静かなところ。気持ちだけが伝わる、余計なものがまったくない二人だけのところ」 清姫は小さく頷いた。 「ついてこいよ」マサシは真っ直ぐに清姫の目を見つめ尋ねるように言った。そして清姫の答えを待たずマスクを顔に付け、右手でOKサインを作ってインフレーターホースを左手で上に持ち上げ、右手の親指だけを下に向けて、潜行を始めた。 清姫の身体のどこか脆い部分に、一瞬重さを含んだ言葉にならない不安がよぎった。 清姫はとっさに口にくわえていたレギュレータをはずし「マサシ!」と呼んだ。マサシの頭はすでに海中にあった。声は届かなかった。清姫は急いでBCDの空気を抜きマサシに続いて潜行した。 マサシは水深5m程のところで清姫を見上げ待っていた。そしてマスクの内側で微笑むと、そのまま頭を下にしてゆっくりと見えない底の方へ潜行していった。少しずつ確実に深度は深くなっていく。マサシの周りには無数の光の筋がまるでスポットライトのように、波で揺らめきながら射していた。清姫は耳抜きを何度となく繰り返しマサシの後を追った。マサシの姿が、昔リスボンの野外シアターのスクリーンに映し出された海中ドキュメンタリー映画のワンシーンとかぶって見えた。やがてマサシの周りを射していた光の束は輝きを弱め、次第に青の深みが増していった。 清姫は潜行し続けながら目を閉じた。そして耳を澄ました。聞こえてくるのはレギュレーターを通して呼吸する機械的とも人間的とも言い難い、寂しい音だけだった。 清姫はマサシに近付こうと潜行を早めた。耳抜きが少し遅れサイナスを圧迫する。清姫が右手を伸ばしマサシの左腕を掴むと、マサシは少しだけ清姫の方へ視線を向けた。その視線の奥でマサシは何かを伝えようとしていた。それが何だったのか、清姫は理解したつもりだった。清姫はマサシの腕をさっきよりも強く掴んだ。 青い深みへ沈んでいく二人と逆にレギュレーターから吐き出された気泡は、太陽が支配する世界に向かってゆっくりと揺らめきながら昇っていった。清姫の吐いた泡の一つがマサシのものと合わさりひとまわり大きな気泡となった。 水の抵抗を受け丸くなりながら昇っていくその泡の表面には、あと何秒後かには表面に青空が映るだろう。そして気泡は海面にぶつかり、決まって白い泡で出来たリングを作り消えてなくなるのだった。 第三部へつづく 応援よろしくおねがいします。人気blogランキング
by reft229
| 2004-08-29 02:55
| ダハブ物語
|
ファン申請 |
||